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吉士/吉師 キシ

デジタル大辞泉の解説

き‐し【吉士/吉師】

古代の姓(かばね)の一。朝鮮半島より渡来した官吏に与えられた。
新羅(しらぎ)の官職名。一七階官位中の一四位。

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世界大百科事典 第2版の解説

きし【吉士】

日本古代の(かばね)の一つ。吉志,吉師とも表記され,古代朝鮮において首長を意味する称号が渡来人の称号として日本で用いられ,やがてそれが姓となり,また氏名ともなった。吉士を姓とする氏族には,日鷹吉士,難波吉士,調(つき)吉士,三宅吉士などがおり,吉士を氏名とする者とならんで,ある者は百済に遣わされ,ある者は新羅・唐へ派遣されるというように,対外交渉の任務に就いた者を多く出している。ちなみに朝鮮の新羅では,官位十七等の第14位に吉士があり,稽知,吉之,吉次とも書きあらわされていた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

吉士
きし

古代の氏(うじ)名、姓(かばね)の一つ。吉師、吉志、企師とも書く。古代朝鮮語では「王」の意で(『周書(しゅうじょ)』百済伝)、新羅の官位17等の第14位など朝鮮諸国の称号にも見える。渡来系氏族で、6世紀から7世紀には難波(なにわ)、草壁(くさかべ)、日鷹(ひたか)などを冠する吉士集団が難波周辺を本拠とし、主に対朝鮮諸国外交に活躍した。7世紀後半には他の氏の者も登用され、この面での吉士の役割は終わったが、8世紀以降も摂津国東生(ひがしなり)・西成(にしなり)両郡の郡領氏族として存続し、難波館(なにわのむろつみ)での外交儀礼を掌った。また阿倍氏に引率され、大嘗祭(だいじょうさい)には吉志舞を奏上した。[森 公章]
『三浦圭一著「吉士について」(『中世民衆生活史の研究』所収・1981・思文閣出版) ▽森公章著「古代難波における外交儀礼とその変遷」(『古代日本の対外認識と通交』所収・1998・吉川弘文館)』

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