吉尾道場跡(読み)よしおどうじようあと

日本歴史地名大系 「吉尾道場跡」の解説

吉尾道場跡
よしおどうじようあと

[現在地名]鈴鹿市東庄内町 坊山

はら集落の西を流れる八島やしま川と、小流亀淵かめぶち川の合流点に、北から延びる標高八〇メートルの丘陵があり、その突端に位置する。東を流れる八島川との比高は約一八メートル、中世城砦とみられるような要害の地である。寛正三年(一四六二)前後、真慧山本やまもと村からここに移って、真宗布教のための道場を建てた跡である。もと一三〇メートル四方に、濠と土塁をめぐらしていたが、昭和三四年(一九五九)頃より開墾のため、遺構は多く消滅し、残存土塁約六〇メートルと、井戸らしいものがあるだけで、大部分荒地となっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む