吉身西遺跡(読み)よしみにしいせき

日本歴史地名大系 「吉身西遺跡」の解説

吉身西遺跡
よしみにしいせき

[現在地名]守山市守山町

守山町から下之郷しものごう町にかけて広がる集落遺跡。昭和五九年(一九八四)の発掘調査で弥生時代後期の竪穴住居跡四(うち五角形住居二)・掘立柱建物跡三、古墳時代前期の竪穴住居跡三・方形周溝墓一、同後期の掘立柱建物跡一〇以上、溝・土壙群、平安時代の掘立柱建物跡三が検出され、さらに平安時代以前のものと推測される畑作遺構(溝状遺構)も見つかっている。古墳時代後期の遺構からは滑石製品・同未製品・チップ原石が出土している。少なくとも四ヵ所の土壙にとくに多く、玉作りに関連する遺構の可能性がある。滑石には管玉・臼玉・有孔円板未製品・板状半製品・チップ・拳大の原石がみられ、勾玉用の玉砥石も二点出土している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む