コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

吉雄圭斎 よしお けいさい

2件 の用語解説(吉雄圭斎の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

吉雄圭斎 よしお-けいさい

1822-1894 江戸後期-明治時代の医師。
文政5年5月8日生まれ。家業の外科医をつぎ,出島のオランダ商館出入り医師となる。嘉永(かえい)元年オランダの軍医モーニッケに牛痘接種法をまなび,種痘の普及につとめた。熊本病院初代院長。明治27年3月15日死去。73歳。肥前長崎出身。名は種文。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

吉雄圭斎
よしおけいさい
(1822―1894)

幕末から明治にかけての医家。長崎の人。名は種文。曽祖父(そうそふ)が耕牛であり、父は2代目吉雄幸載(こうさい)(1788―1866)である。父の跡を継いで外科医となり、出島のオランダ商館出入り医師となる。1848年(嘉永1)オランダ人軍医モーニケが来日すると彼に師事して牛痘接種法を学び、翌1849年バタビア(ジャカルタ)から届いた牛痘苗の発痘に成功すると、楢林宗建(ならばやしそうけん)らとその普及に努めた。その後、養生所や精得館でポンペ、ボードインについて西洋医学を学んだ。1870年(明治3)熊本病院初代院長となったが翌1871年辞職し、長崎で開業した。1877年西南戦争では長崎軍団病院に勤め、陸軍一等軍医となった。[大鳥蘭三郎]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

吉雄圭斎の関連キーワード呉来安昇斎一景関直吉園美蔭杣田光明椿月杵都静館田鶴丸溝口桂巌村瀬双石山田潮月

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone