君南風殿内跡(読み)ちんべーどうんちあと

日本歴史地名大系 「君南風殿内跡」の解説

君南風殿内跡
ちんべーどうんちあと

[現在地名]久米島町仲地

仲地(なかち)の南端にあった君南風を祭祀する神殿跡。君南風は久米島全島のノロを統轄する最高司祭者で、稲大祭(ウマチー)の時には諸村落のノロを率いて、隔年で具志川(ぐしかわ)グスク・宇江城(うえぐすく)グスクに上る城上り(グシクヌブイ)を行う。君南風は伝説では久米島の西(にし)嶽に住む三姉妹神の三女。長姉は首里の弁(びんぬ)嶽に、次姉はのちに八重山の於茂登(うむとう)嶽にそれぞれ住まうという(君南風由来并位階且公事)。君南風は尚真王の八重山征討に参加し、功績を立て、戦賞として「ちよのまくび玉」を拝領し、三十三君の一人となる(琉球国由来記)。嘉靖四五年(一五六六)一〇月八日の君南風の大阿母知行安堵辞令書(鎌倉芳太郎ノート)によれば、具志川(ぐしちやー)間切の西銘(にしみ)のシマの真人地の中から田地と畑地などを給賜されている。万暦二三年(一五九五)には具志川間切のアラカキ地「せちよく田」から田地と畑地などを給賜されている(同年一月一二日「君南風の大阿母知行安堵辞令書」同ノート)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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