味舌村
ましたむら
[現在地名]摂津市千里丘東四―五丁目・千里丘一―七丁目・庄屋一―二丁目・東正雀・正雀一―四丁目など
味舌上・庄屋・坪井・正音寺・味舌下五ヵ村の総称で味舌郷ともいい、地域的結合を強く有した。中世の味舌庄にあたり、千里丘陵から安威川右岸にかけた長方形の地で、中央を山田川が流れる。慶長一〇年(一六〇五)の摂津国絵図に「シク村・味舌村・小音寺村・上村・大坪井村」として二千四六四石余が記され、元和初年の摂津一国高御改帳では織田信長の弟有楽(長益)知行の「味舌・坪井・上村・庄や・下村」二千九七石余と、高槻藩内藤信正知行の「味舌村・正音寺村」三六七石余に分れている。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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