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和島誠一 わじま せいいち

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

和島誠一 わじま-せいいち

1909-1971 昭和時代の考古学者。
明治42年3月10日生まれ。郷誠之助(ごう-せいのすけ)の長男。東洋大教授,資源科学研究所研究員をへて,昭和41年岡山大教授。史的唯物論にもとづき,古代集落や古代農耕社会生産技術などを研究。埋蔵文化財保護運動にも尽力。昭和46年10月29日死去。62歳。東京出身。東京帝大選科修了。筆名は三沢章。著作集に「日本考古学の発達と科学的精神」。

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世界大百科事典内の和島誠一の言及

【荆村遺跡】より

…中国山西省万泉県荆村瓦渣斜の黄土台地にある新石器時代の遺跡。1931年に董光忠が,42年に和島誠一が発掘した。3層にわたって重なり合う竪穴の多くは平面が円形をなし,底部が平らで広く口部のすぼまった袋状の貯蔵穴である。…

【考古学】より

…弥生土器の存在は19世紀から知られていたが,弥生時代の性格が明らかとなり,縄文時代,弥生時代,古墳時代という現在使われている時代区分の原型ができ上がったのは,30年代のことである。梅原は20年代に邪馬台国論争に参加,その後,森本六爾は弥生時代を生業論の立場から説明,また,和島誠一は唯物史観の立場から日本考古学の総括を試みるなど,考古学を歴史学に高めようとする努力も見られたが,それを直接,日本国家成立史に連結することは当時の思想統制の下では困難であったので,歴史学の一部門としての日本考古学は十分に開花するにいたらなかった。第2次世界大戦後,日本の考古学はようやく皇国史観の抑圧から解放され,自由な活動を開始する。…

※「和島誠一」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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