和田・小篠原遺跡(読み)わだ・こしのはらいせき

日本歴史地名大系 「和田・小篠原遺跡」の解説

和田・小篠原遺跡
わだ・こしのはらいせき

[現在地名]野洲町小篠原

野洲中学校(福林寺跡推定地)の西側一帯に立地する官衙的性格を強くもつ遺跡。この付近一帯は旧中山道(古代東山道)がほぼ東西に走り、これに対応するようにほぼ東西・南北両方向を示す水田畦畔や水路が認められ、遺跡の範囲は旧中山道を南限として東西約四町×南北約五町に及ぶ。周囲と異なる南北方向の地割をもつこと、かなり広大な面積を有することなどから、野洲郡衙の有力な候補地として注目されるようになってきた。

昭和四九年(一九七四)からの発掘調査により、八世紀初頭から一一世紀にかけての掘立柱建物・井戸などの遺構を中心に、弥生時代から中世に及ぶ多数の遺構が発見されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む