善左町(読み)ぜんざまち

日本歴史地名大系 「善左町」の解説

善左町
ぜんざまち

[現在地名]丸岡町たつみ

丸岡城の南にあり、東西に長い町で、銭座町・善座町とも書かれた。石城戸いしきど町から東に入る道が三本あるが、その一番北側の町筋である。寛永年間(一六二四―四四)と推定される丸岡町絵図(佐久見家文書)には馬面ばめん町とあり、家数一七であった。文化一三年(一八一六)完成の「越前国名蹟考」の丸岡城下図には「銭座町」とみえ、天保七年(一八三六)八月の円陵輿地略図には「善左町」となり、武家屋敷町となっている。

この馬面町から善左町への改名は、元禄一二年(一六九九)のことと考えられる。藩財政の窮乏から、同年当町に滝谷たきだに(現三国町)とともに両替札座が設けられ、藩札発行されたことにより、銭座町となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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