善長寺(読み)ぜんちようじ

日本歴史地名大系 「善長寺」の解説

善長寺
ぜんちようじ

[現在地名]館林市当郷

館林城の外濠であるじよう沼の北岸にあり、巨法山と号し曹洞宗本尊地蔵菩薩。源姓赤井氏系図(善長寺文書)によると、大永三年(一五二三)赤井孫七郎家範が戦死した兄源次郎信家の菩提を弔うため、城沼北岸にある観音堂の東方に一寺を創建したのが当寺という。信家の法名は善長寺殿と号する。「館林盛衰記」(館林市立図書館蔵)では元亀元年(一五七〇)一一月赤井氏の老臣諸野(毛呂)因幡守が謀反を起こし、いったんは当寺において和議となったが、会談中謀られて一族郎党とともに自害して果てたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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