歌舞伎の黒幕が暗転の意味に用いられたり,舞台上の人物を消すために黒布を垂らしたりすることから,身を隠して背後から画策して人を操作する者をいう。英語では同様の意味でwire-puller(操り人形使い)という。黒幕的人物は社会のさまざまな領域に存在しているが,とくに問題となるのは政治の場であり,政治家や政治機関がその背後にいる公的な権限をもたない者の指図,圧力,勧告等によって動かされている場合に〈黒幕政治〉という表現がなされる。伝統的君主制における国王の側近による政治はその例であり,また18世紀イギリスでE.バークが指摘した〈国民的基盤に立つ政府に代わる密室と裏階段の私党〉,アメリカのジャクソン大統領が正式な閣僚よりも彼の私的な仲間によって政治を行ったのを反対派が批判して呼んだキチン・キャビネットも黒幕的存在といえよう。日本では江戸幕府創設期の密事にかかわった以心崇伝(金地院崇伝)や天海のような〈黒衣の宰相〉と呼ばれた僧侶はその例である。比較的最近の例では占領下の日本政府を動かしたGHQも黒幕的役割を果たした。
民主制は人民あるいはその代表者による統治という形式をとるため,黒幕的人物の存在は統治の根幹を脅かすものと考える。しかし,統治形態のいかんを問わず政治は人に対する操作という側面を常にもつために,背後からの操作という契機は政治に不可避的に内在している。公開の討論による決定をその本旨とする議会政治においても,合意がなされる際には黒幕的人物が介在する場合がしばしばある。統治機構がその構造上黒幕的存在を恒常的に必要とする場合もある。明治憲法下で機構上の最高統治者であった天皇が実質的な政治決定を行う存在ではなかったために,各統治機関の間に対立が生じ,政治的意思決定が困難になる場合があったが,元老と称される人々がその個人的権勢に基づいて政治に非公式に参画し,内閣首班の決定をはじめ政策遂行に大きな影響を及ぼし,その結果として統治機関の統一的運営が可能になるという面があった。第1次松方正義内閣の閣員が弱体なため維新の元勲たちが重要国策の決定にあずかったことが元老の活動の発端とされているが,当時彼らの会合が〈黒幕会議〉と呼ばれたのはその役割を象徴的に語るものといえよう。黒幕的人物は政治の場には程度の差こそあれ常に介在し,積極的な役割を果たす場合もあるが,問題となるのは,彼らの行為が表から見えにくいために個人的恣意に陥りやすく,またそれへの有効な統御ができないことである。
執筆者:坂本 多加雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
歌舞伎(かぶき)用語。大道具の一つ。全体を黒色に染め、舞台一面に張ることのできる大きさの幕である。多くは背景として後ろに張る。背景に黒幕が現れたときは、場面が夜であることを象徴している。古くは夜の戸外の情景を表す場合には、黒幕を張った前に重要な道具を並べるだけのものだったが、近年は幕切れに黒幕を振り落として背景を見せる演出が行われる。『鈴ヶ森(すずがもり)』や『宮島のだんまり』などはこのやり方である。また、舞台で死んだ役を消すために小さい黒幕で隠して引っ込ませることがあるが、これを「消幕(けしまく)」とよぶ。黒幕は黒衣(くろご)と同様に観客には見えないという約束で、転じて、表面にたたず陰で人物や事件を操る人物のことをいう。
[服部幸雄]
… 振落し(ふりおとし)瞬時に幕を上部から落とす手法。浅葱幕,黒幕などを〈振竹(ふりだけ)〉に吊り,仕掛けでパラリと落とすことにより,次の舞台面を印象づける。 幕外(まくそと)幕切れに,幕を引いた外側,おもに花道でさらに演技が続く状態をいう。…
※「黒幕」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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