喜多川孟敦(読み)きたがわ たけあつ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「喜多川孟敦」の解説

喜多川孟敦 きたがわ-たけあつ

1839-1895 幕末-明治時代和算家
天保(てんぽう)10年生まれ。加賀(石川県)の人。松原家の養子となり,一記と改名。明治3年金沢藩の役人となって測量に従事した。明治28年12月死去。57歳。通称は勇松,五郎右衛門。号は帰矩堂。著作に「算法礎」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む