日本歴史地名大系 「喜屋武間切」の解説
喜屋武間切
ちやんまぎり
現糸満市の南西端にあたる。北は
嘉靖三三年(一五五四)六月の「やらさもりくすくの碑文」に「しましりきやめ」とみえる。絵図郷村帳・琉球国高究帳、寛文八年(一六六八)の琉球国郷帳に喜屋武間切とみえる。絵図郷村帳に当間切に属する「ふくぢ」・
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
現糸満市の南西端にあたる。北は
嘉靖三三年(一五五四)六月の「やらさもりくすくの碑文」に「しましりきやめ」とみえる。絵図郷村帳・琉球国高究帳、寛文八年(一六六八)の琉球国郷帳に喜屋武間切とみえる。絵図郷村帳に当間切に属する「ふくぢ」・
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