日本歴史地名大系 「国府津村」の解説
国府津村
こうづむら
南に相模湾を望み、西端に
「延喜式」(兵部省)の諸国駅伝馬条にみえる「小総」は当地の西の地点と考えられる。中世には宿が置かれている。天文二四年(一五五五)五月二八日の北条家朱印状(県史三)によれば、多数の番匠が居住、八幡宮および天神宮(現菅原神社)の修造、地青寺(現宝金剛寺)・
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
南に相模湾を望み、西端に
「延喜式」(兵部省)の諸国駅伝馬条にみえる「小総」は当地の西の地点と考えられる。中世には宿が置かれている。天文二四年(一五五五)五月二八日の北条家朱印状(県史三)によれば、多数の番匠が居住、八幡宮および天神宮(現菅原神社)の修造、地青寺(現宝金剛寺)・
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