国穏寺(読み)こくおんじ

日本歴史地名大系 「国穏寺」の解説

国穏寺
こくおんじ

[現在地名]本郷村大字宇塚

宇塚の松尾谷(うづかのまつおだに)奥にあり、浄土宗。鎮護山と号し、本尊阿弥陀如来。

創建について、次のような話が「注進案」に載る。

享保年間(一七一六―三六)山代(やましろ)の地の楮は衰耗し、百姓は困窮、農業にも怠りがちであった時、萩藩の家老が評議して農家に軒別五把あての楮植付を命じた。その後楮は繁茂し、御帳面楮の増産につれ、人心も安定し、本郷村では牛市・芝居の興行を免許した。楮植付の成功に伴い、男女誕生の家に楮一株を植えさせて山代祈祷所修補料に、また人別に自身菩提のため楮三株あての植付を仕法し、それを昼夜念仏執行の道場造営料とした。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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