日本大百科全書(ニッポニカ) 「地下室の手記」の意味・わかりやすい解説
地下室の手記
ちかしつのしゅき
Записки из подполья/Zapiski iz podpol'ya
ロシアの作家ドストエフスキーの中編小説。1864年、雑誌『エポーハ』に発表。近代人の意識の問題を極限まで突き詰めることで、ドストエフスキー独自の文学方法をみいだしえた作品。チェルヌィシェフスキーの小説『なにをなすべきか』(1863)への反論の意味をもち、青年時代の熱中の対象であった空想的社会主義の矛盾と不条理に根ざした実存と生の哲学が対置されている。全体は二部に分かれ、第一部では、自ら「地下室の住人」を名のる中年の元小官吏が、「意識は病気である」「歯痛にだって快楽はある」「ニニが四は死だ」と、醜悪な存在状況たる「地下室」に居直った「逆説家」の思弁を展開する。第二部はこの主人公の回想であり、「生きた生活」、人間的連帯を求めながら、現実には娼婦(しょうふ)リーザの精神を手ひどく傷つけるだけに終わる「エゴイスト」の業(ごう)の深さが示される。
[江川 卓]
『江川卓訳『地下室の手記』(新潮文庫)』▽『米川正夫訳『地下生活者の手記』(『ドストエーフスキイ全集5』所収・1970・河出書房新社)』