地下室の手記(読み)ちかしつのしゅき(その他表記)Записки из подполья/Zapiski iz podpol'ya

日本大百科全書(ニッポニカ) 「地下室の手記」の意味・わかりやすい解説

地下室の手記
ちかしつのしゅき
Записки из подполья/Zapiski iz podpol'ya

ロシアの作家ドストエフスキーの中編小説。1864年、雑誌『エポーハ』に発表。近代人の意識の問題を極限まで突き詰めることで、ドストエフスキー独自の文学方法をみいだしえた作品。チェルヌィシェフスキーの小説『なにをなすべきか』(1863)への反論の意味をもち、青年時代の熱中の対象であった空想的社会主義の矛盾と不条理に根ざした実存と生の哲学が対置されている。全体は二部に分かれ、第一部では、自ら「地下室住人」を名のる中年の元小官吏が、「意識は病気である」「歯痛にだって快楽はある」「ニニが四は死だ」と、醜悪な存在状況たる「地下室」に居直った「逆説家」の思弁を展開する。第二部はこの主人公の回想であり、「生きた生活」、人間的連帯を求めながら、現実には娼婦(しょうふ)リーザの精神を手ひどく傷つけるだけに終わる「エゴイスト」の業(ごう)の深さが示される。

江川 卓]

『江川卓訳『地下室の手記』(新潮文庫)』『米川正夫訳『地下生活者の手記』(『ドストエーフスキイ全集5』所収・1970・河出書房新社)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の地下室の手記の言及

【地下鉄道】より

…しかし〈メトロ〉や,〈地下〉を意味する英語〈アンダーグラウンド〉は,明に対する暗,正統に対する異端,光に対する影,自然の世界に対する人工の世界のニュアンスを伴う。ドストエフスキーが《地下室の手記》という作品で,いわば心理的地下の負の世界に住む疎外された人間に文学的認知を与えた1864年が,世界最初の地下鉄開通の翌年であった(しかし彼は地下鉄に乗ったことはなかった)のは,偶然ではあるまい。【小池 滋】
【地下鉄の技術】

[トンネルの工事方法と形状]
 地下鉄トンネルの工法は,地表面から掘り下げてトンネルをつくる垂直掘削方式と,横孔式にトンネルを掘進する水平掘進方式とに大別される。…

【ドストエフスキー】より

…64年4月妻マリアが,続いて7月兄ミハイルが,死んだ。 64年,《地下室の手記Zapiski iz podpol’ya》を発表して,同時代の合理主義的進歩派にかみつく。66年《罪と罰》を発表し,文名があがる。…

※「地下室の手記」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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