地久志部・紫部庄(読み)ちくしべ・ちくしべのしよう

日本歴史地名大系 「地久志部・紫部庄」の解説

地久志部・紫部庄
ちくしべ・ちくしべのしよう

現立花町白木しらきから八女市にかけての一帯に比定される。中世上妻こうづま庄のうち、のち安楽寺(太宰府天満宮)領庄園。地頭上妻氏。文治二年(一一八六)六月二七日の大宰府守護所下文案(上妻文書/鎌倉遺文一、以下断りのない限り同文書)に「地久志□」とみえ、同年五月六日に当地など一二ヵ所の地頭職が藤原(上妻)家宗に安堵されている。建久四年(一一九三)六月一九日、家宗は地久志部など上妻庄内七ヵ所の地頭職に補任されたが(「将軍家政所下文案」鎌二)、建永二年(一二〇七)には当地など四ヵ所が家宗に返付されている(同年八月二八日「関東御教書案」鎌三)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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