日本歴史地名大系 「地御前村」の解説
地御前村
じごぜんむら
今川了俊の「道ゆきぶり」(応安四年)に、「此佐西を出て、地の御前といふ社の西ひがたより山路に入ほどに、おほの山中といふ所に来りぬ」とみえる「地の御前」は社名であるが、周防秋穂八幡宮旧記(現山口県吉敷郡秋穂町の秋穂正八幡宮蔵)の応仁元年(一四六七)の記事に「曾木者地御前ニテ請取之」とあり、地名として記される。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
今川了俊の「道ゆきぶり」(応安四年)に、「此佐西を出て、地の御前といふ社の西ひがたより山路に入ほどに、おほの山中といふ所に来りぬ」とみえる「地の御前」は社名であるが、周防秋穂八幡宮旧記(現山口県吉敷郡秋穂町の秋穂正八幡宮蔵)の応仁元年(一四六七)の記事に「曾木者地御前ニテ請取之」とあり、地名として記される。
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[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...