坂中村(読み)さかなかむら

日本歴史地名大系 「坂中村」の解説

坂中村
さかなかむら

[現在地名]岸本町坂長さかちよう

大寺おおてら村の西、越敷こしき山北麓の長者原ちようじやはら台地上に位置し、地内中央を佐野さの川が流れる。北西の枝郷長者原は佐野川開削によって開かれた新田で、のちに分村した。平安時代初期の坂中廃寺などがあり、古代山陰道の道筋にあたったとする説もある。地名の由来は永禄年間(一五五八―七〇)頃当地に在地領主坂中丹波の屋敷があったことにちなむといい、字五反林ごたんばやしにある五輪塔は丹波の墓といわれる。なお永禄一〇年九月一六日坂中弥六が忠節の功により八幡やわた(現米子市)のうち三五貫文を加増されている(「杉原盛重宛行状」中曾家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報