坂門津(読み)さかとのつ

日本歴史地名大系 「坂門津」の解説

坂門津
さかとのつ

奈良・平安時代に海部郡に置かれていた豊後の国津。国東くにさき国埼くにさき津、豊前国草野かやの(現福岡県行橋市)とともに東九州の重要な津であった。延暦一五年(七九六)一一月二一日の太政官符(類聚三代格)に引く天平一八年(七四六)七月二一日の太政官符に、草野津とともに「豊後国国埼坂門等津」とみえるのが早い。律令政府は物の輸送陸運を原則とし、海上輸送を極力制限していた。したがって、坂門津をその西の拠点とする大和・紀伊から北四国沿岸を経て豊後に至る海上交通路についても、伊予と豊後の間に戍が置かれて往来が禁じられていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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