坊金村(読み)ぼうがねむら

日本歴史地名大系 「坊金村」の解説

坊金村
ぼうがねむら

[現在地名]安塚町坊金

きりヶ岳(五〇七・一メートル)南西麓、北流する細野ほその川にまたがってある。松之山まつのやま街道脇道が通る。南は細野村、西にじよう山がある。地滑り地帯で、集落は抜地を避けて集まり、抜地は耕地に開発されている。天保郷帳に「古者房金村」の注記がある。文禄(一五九二―九六)頃の頸城郡絵図では「直嶺分ばうかね村 中」とあり、本納三六石三斗・縄高七三石九斗六升三合、家四軒・一五人。隣接して「顕昌寺分直嶺分藤田分柿野村 下」とあり、本納一八石九斗四升・縄高四四石七升八合、家五軒・二四人とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む