坪崎村(読み)つぼさきむら

日本歴史地名大系 「坪崎村」の解説

坪崎村
つぼさきむら

[現在地名]旭町坪崎

矢作川の支流段戸(だんど)川の左岸に沿い、北から東にかけて田津原(たつぱら)村、南から東にかけて現足助(あすけ)町・現北設楽(きたしたら)郡稲武(いなぶ)町、西は日下部(くさかべ)村に接する。地形は小起伏面を形成するが、段戸川左岸は断崖をなす。集落は山麓に点在。現県道牛地―足助線が中央を南北に、県道笹戸―稲武線が東西に通じる。

寛永一二年(一六三五)当時、幕府直轄地。元禄一一年(一六九八)旗本松平忠成の知行地となるが、同一四年再び幕府直轄地となって幕末まで続く。天保一一年(一八四〇)の村費用は入用帳(坪崎区有)によると、計銭九貫二一四文のうち一貫二四八文御廻米籾一〇石余江戸浅草御蔵前納入用上乗賃銀共諸掛り、三九四文御廻米籾鷲塚湊問屋蔵敷、一貫四六〇文遠三郡中入用赤坂御役所へ上納、一貫八〇四文御役所御用の惣代旅費組合割、一貫文猪鹿狩賃、二貫九〇〇文道橋捐所杭木敷木芝草代、四〇〇文筆墨紙代などとなっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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