城端神明宮(読み)じようはなしんめいぐう

日本歴史地名大系 「城端神明宮」の解説

城端神明宮
じようはなしんめいぐう

[現在地名]城端町 野下町

城端町の南端に鎮座。祭神天照皇大神・誉田別命・天児屋根命、相殿神は菅原大神。旧郷社。境内社に妙義神社がある。天正二年(一五七四)直海(なおみ)郷伊勢領(いせりよう)(北野村)に鎮座の大神宮を金戸島(かねとじま)(現在地)へ遷宮。同六年佐々成政の部将斎藤光次が城端城代として社領を寄進、慶長九年(一六〇四)前田利長が当地に放鷹し善徳(ぜんとく)寺に泊り、当社に参詣、社領を寄進した。貞享二年(一六八五)社殿を再建、享保二年(一七一七)秋祭の儀式が始まる。元文三年(一七三八)神明・春日・八幡の神体が寄進され、太神宮を神明宮と改め、金戸島を神明島(しんめいじま)と改称した(畑家文書)。享保一一年の城端絵図(城端図書館蔵)には、境内はただ「神明」とのみ記され、鳥居・参道、周囲の畑地・崖地の様子がわかる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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