日本大百科全書(ニッポニカ) 「塩座」の意味・わかりやすい解説
塩座
しおざ
鎌倉・室町期に塩・塩合物(しおあいもの)(相物(あいもの))の専売権を行使していた商人集団。山城(やましろ)、大和(やまと)、摂津(せっつ)、和泉(いずみ)、近江(おうみ)など、おもに畿内(きない)中心に分布していた。とくに興福寺大乗院(こうふくじだいじょういん)、一乗院を各本所とする塩座は著名で、堺(さかい)、木津(きづ)方面から奈良へ搬入される瀬戸内塩の独占販売権を有した。なお大乗院の塩座は、塩本座(ほんざ)(問屋)とシタミ座(振り売り)とに分化していた。中世後期の京都には、近江粟津供御人(あわづくごにん)や洛中(らくちゅう)六人百姓塩座の活躍が知られる。また、近江蒲生(がもう)郡の保内(ほない)商人も塩座を結成し、若狭(わかさ)、伊勢(いせ)からの塩・塩合物の湖東地域での専売権を有していた。戦国期には塩座商人のなかから戦国大名の御用商人となり、領国内の塩流通を支配する者も現れた。
[鈴木敦子]
『『座の研究』『中世日本の商業』(『豊田武著作集 第1・第2巻』1982・吉川弘文館)』