境宿村(読み)さかいじゆくむら

日本歴史地名大系 「境宿村」の解説

境宿村
さかいじゆくむら

[現在地名]湖西市境宿

白須賀(しらすか)宿の北西に位置し、遠江国の最西端にある。東海道に沿う集落で、境(さかい)川を挟んで西は三河国下細谷(しもほそや)村(現愛知県豊橋市)。浜名郡に属する。堺宿村・境宿新田とも記す。幕府領。寛永二年(一六二五)の年貢割付状(境宿区有文書)には堺宿村とみえ、高九〇石余。正保郷帳では白須賀村に含まれるが、元禄郷帳では独立して村名がみえ、高一二五石余。天保七年(一八三六)の書上帳(境宿区有文書)によると家数三八(うち寺二・神主二)・人数一八五、京福(きようふく)寺(現曹洞宗)・成林寺(じようりんじ)(現法華宗陣門流)、茶屋四軒がある。海岸にあった白須賀宿が宝永地震による被害のために台地の上に移転してきたため境宿村と一続きの町場となり、土塁で隔てるだけで区別がつかなくなった(遠淡海地志)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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