境目峠
さかいめとうげ
伊予国と阿波国の国境の峠として古来交通上の要地。境目という地名は荘園の境の意とも、国境の意ともいう。
戦国時代に境目峠は多くの軍勢の通路になった。江戸時代には阿波道の国境峠として集落には宿屋もあったといわれる。天保一三年(一八四二)の「西条誌」上分村の項に「阿波境
二里余、(中略)阿波の三好郡の内十ケ村余(中略)楮皮、櫨実を始め、色々の産物を出スには、必当所を経、三島・川之江等の町ニ鬻く」と物産交易の通路であったことを記している。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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