壁田城跡(読み)へきだじようあと

日本歴史地名大系 「壁田城跡」の解説

壁田城跡
へきだじようあと

[現在地名]中野市大字壁田

長丘ながおか丘陵上の最高所にあって川中島平かわなかじまだいら飯山いいやま地方を展望しうる絶好の地点に位置している。従って古志こし開拓時代より狼煙台の役目を果し、笠原かさはら牧時代には笠原氏の山城となっていたと推定される。特に上杉・武田両氏争覇の厳しかった戦国時代には、上杉方拠点飯山城に備えての武田氏の重要な要害となっていた。永禄九年(一五六六)九月、信玄は山田飛騨守・同左衛門尉に壁田・田麦たむぎ寿徳寺じゆとくじ等の地を宛行って、本城守備を命じている(「武田信玄朱印状案」諸家古案集)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む