壁田城跡(読み)へきだじようあと

日本歴史地名大系 「壁田城跡」の解説

壁田城跡
へきだじようあと

[現在地名]中野市大字壁田

長丘(ながおか)丘陵上の最高所にあって川中島平(かわなかじまだいら)と飯山(いいやま)地方を展望しうる絶好の地点に位置している。従って古志(こし)開拓時代より狼煙台の役目を果し、笠原(かさはら)牧時代には笠原氏の山城となっていたと推定される。特に上杉・武田両氏争覇の厳しかった戦国時代には、上杉方拠点飯山城に備えての武田氏の重要な要害となっていた。永禄九年(一五六六)九月、信玄は山田飛騨守・同左衛門尉に壁田・田麦(たむぎ)・寿徳寺(じゆとくじ)等の地を宛行って、本城の守備を命じている(「武田信玄朱印状案」諸家古案集)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む