多久島村(読み)たくしまむら

日本歴史地名大系 「多久島村」の解説

多久島村
たくしまむら

[現在地名]平戸度島町たくしまちよう

平戸島の北に位置する度島を村域とする。北東部にまる島がつくる瀬戸に臨む飯盛いいもり崎瀬さきぜ湯牟田ゆむた、南西部に本村がある。北は大島おおしま(現大島村)中世宇野うの御厨のうちで、多久島のほか度島とも記される。江戸時代は平戸藩領平戸筋に属する。慶長九年(一六〇四)の平戸領惣目録に多久島とみえ、高一四〇石余。慶長国絵図および正保国絵図でも同様で、明暦二年(一六五六)の田方帳抜書、寛文四年(一六六四)の松浦鎮信領知目録(寛文朱印留)でも多久島とみえる。寛文四年の松浦鎮信領知目録(「山本霜木覚書」松浦史料博物館蔵)では朱印高一四〇石余・開発地一四四石余。元禄一二年(一六九九)の平戸領分郷村帳では高一四〇石余。度島村および大島村を管轄する代官が置かれ、近藤岡右衛門が任じられている(「天祥院代分限帳」松浦史料博物館蔵)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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