多可寺廃寺(読み)たかでらはいじ

日本歴史地名大系 「多可寺廃寺」の解説

多可寺廃寺
たかでらはいじ

[現在地名]中町天田

杉原すぎはら川左岸にあり、妙見みようけん山南部の標高一〇六メートル前後の平野部に立地する。創建は七世紀後半と想定される。現在も寺域の中心部に法灯を受継ぐ高野山真言宗量興りようこう寺がある。昭和五五年(一九八〇)から三ヵ年にわたって発掘が行われた。境内に巨大な心礎遺存するが、移動されていることが確認されている。伽藍配置は南門、南門から推定中門の間の道、東面回廊および北西回廊隅部、経楼鐘楼が想定される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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