礎石の中で木造塔の中心柱を受けるもので,檫礎(さつそ)ともいう。心礎は他の礎石に比して著しく大きく,特別な設備をもっている。奈良県飛鳥寺,川原寺など飛鳥時代から白鳳時代の古い段階では,中心柱は掘立柱形式で,心礎は地中深く埋められている。7世紀後半の本薬師寺の心礎は,東西両塔とも地上に露出しており,この頃から以降は,地上の心礎が一般的となっていったようである。朝鮮でも,百済の古い段階に創建された扶余の軍守里廃寺や金剛寺では地下式心礎であるが,創建の下る弥勒寺は地上式心礎である。しかし新羅慶州の皇竜寺の心礎のように,早くから地上式になっている例もある。心礎の形式には,上面を平たんにするだけのもの,円形孔をほるもの,柱座をつくり出すもの,柱座の中心に円形突起をもつもの,添柱のためと思われる円形孔を加えたものなど多種の形式がある。概して白鳳期以前の古い寺院では,円形孔が多く,柱座の中心に円形の突起をつくる形式は新しい。本薬師寺では,東塔の心礎には3段の円形孔がつくられ,上段が中心柱を受ける円孔,中段が舎利孔の蓋をはめる円孔,下段が舎利孔と考えられているが,西塔の心礎は,柱座をつくり,中央に円形突起をつくる形式である。この頃以降後者の形式が一般化していったようである。心礎には舎利孔を有するものがある。舎利は必ず心礎に埋納されるとは限らないので,舎利孔のないものもあるが,心礎につくられる場合,通常は心礎上面につくられる。飛鳥寺では,平たんな心礎上面に方形の舎利孔がつくられ舎利容器が埋納されていた。円形孔の柱受けを設ける場合は,本薬師寺のように円形孔の中にさらに深く同心円状の孔を設ける例が多いが,大阪府野中寺では円形孔の側壁に舎利孔が設けられている。特殊な例としては,滋賀県崇福寺や高麗寺のように心礎の側面に舎利孔を設けているものもある。心礎上面には,舎利孔のほかに排水溝か通気孔かと考えられている溝のつくられている例がある。飛鳥寺では,舎利孔の周囲を囲んで,四方へ放射状につくられている。心礎は,中心柱を受ける施設であるため,平安時代後期以降になって中心柱が中途で切られ,つり下げられる形に変わっていくようになると不要となった。
→塔
執筆者:田辺 征夫
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