多賀嘉彰(読み)たが よしあき

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「多賀嘉彰」の解説

多賀嘉彰 たが-よしあき

1828-1907 幕末-明治時代の書家
文政11年6月8日生まれ。肥前彼杵(そのぎ)郡(長崎県)早岐(はいき)の人。平戸藩士となり,県緑香(あがた-りょくこう)に書をまなぶ。鄭成功(てい-せいこう)の碑の揮毫(きごう)などがある。安政のころ郷里の早岐に家塾をひらき,書と漢学をおしえ,明治7年小学校の主席教員となった。明治40年1月19日死去。80歳。通称は南。号は南嶷,南岐,復故堂など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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