多賀 宗之
タガ ムネユキ
明治・大正期の陸軍少将
- 生年
- 明治5年9月18日(1872年)
- 没年
- 昭和10(1935)年10月23日
- 出身地
- 東京
- 学歴〔年〕
- 陸士卒
- 経歴
- 明治35年中国の軍閥・袁世凱の軍事顧問を務める。44年歩兵第48連隊大隊長、同年参謀本部付で北京に駐在。大正6年江蘇省督軍顧問。陸軍少将となる。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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多賀宗之 たか-むねゆき
1647-1726 江戸時代前期-中期の槍術(そうじゅつ)家。
正保(しょうほ)4年生まれ。土佐高知藩主山内忠豊につかえ,紀伊(きい)和歌山浪人の杉山堅二(治)にまなぶ。側用人となったが,元禄(げんろく)14年藩主山内豊昌の喪中不敬をとがめられ,禄を没収され,追放された。老齢で失明しても技はおとろえなかったとつたえられる。享保(きょうほう)11年5月21日死去。80歳。通称は安右衛門。
多賀宗之 たが-むねゆき
1872-1935 明治-大正時代の軍人。
明治5年9月18日生まれ。35年から保定で袁世凱(えん-せいがい)の軍事顧問をつとめる。44年歩兵第四十八連隊大隊長,同年参謀本部付で北京に駐在。大正6年江蘇省督軍顧問。陸軍少将。昭和10年10月23日死去。64歳。東京出身。陸軍士官学校卒。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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