槍(やり)(鑓、鎗)を操作して、太刀(たち)、薙刀(なぎなた)、槍などの武器を持つ敵と戦う技術。近世ではいわゆる武芸四門(弓馬刀槍)の一つとされ、武家の表(おもて)芸として重んぜられた。槍が離れた敵を突く武器として現れたのは鎌倉末期といわれ、これが接戦武器としての有利さを認められるようになったのは南北朝時代の動乱期であった。さらに室町中期の応仁(おうにん)の乱以後、戦国時代にかけて、合戦の様相も、従来の一騎打ちから歩兵の集団戦闘へと推移し、槍を持った足軽隊の活躍が、戦いの帰趨(きすう)を決するようになった。当時の槍の技法は、槍を振って打ち合い突き合い、相手をたたき伏せるという手荒いものであった。しかし戦国末期に入り、槍隊の組織化が進み、戦法も向上し、短槍より長槍の使用が盛んとなり、六尺(約182センチメートル)または九尺の手槍(てやり)から、二間(約364センチメートル)以上三間半に達する長柄物(ながえもの)が現れた。こうして鉄砲隊の出現後もしばらくは、足軽長柄隊の活躍が目覚ましく、一番槍とか七本槍など、槍の功名話が人々に語り継がれた。
一方、安土(あづち)桃山期から近世初期にかけて、槍の種類も在来の素槍(すやり)のほかに鎌槍(かまやり)、ついで鍵槍(かぎやり)・管槍(くだやり)が加わり、また操法の研究が目覚ましい発達を示し、槍術専門の指導者を多数輩出した。槍術は、まず先行の神道・戸田・新陰・竹内などの兵法諸派に付属する外(と)の物(もの)の形で成立したが、この時期に至って刀槍の術は分化し、素槍の無辺(むへん)流・五坪(ごのつぼ)流・伊岐(いき)流・本間(ほんま)流、鎌槍の宝蔵院流、鍵槍の内海(うつみ)流・佐分利(さぶり)流、管槍の伊東流(建孝流)・日本覚天流などが成立した。
さらに大坂の役ののち徳川政権の安定化とともに、槍は武家の表道具として、また家門の名誉を保証するたいせつなものとされたため、槍術は、技術的にも飛躍的に進み、槍対槍の槍合(やりあわせ)を主体とする洗練された術となった。この江戸前期に、素槍では疋田流・風伝流・大島流・種田流・木下流、鎌槍では宝蔵院流系の中村・高田・磯野・下石の諸派、鍵槍では樫原(かしわら)流・本心鏡智(ほんしんきょうち)流、管槍では一指(いっし)流・行覚(ぎょうかく)流・貫流など、おもな流儀はほとんど成立した。これを習得する者もおのずから中級以上の者が中心となり、稽古(けいこ)用の槍としてのたんぽ槍や仮標、鉄面・竹鎧・手袋・籠手(こて)などの防具の考案・使用も、いち早く天和(てんな)・貞享(じょうきょう)(1681~1688)ごろに開始された。
[渡邉一郎]
槍を使用して相手を制する武術。広義には,古代にも長柄の武器として鉾(ほこ)があり,槍術が存在したともいえるが,一般的には,武士社会になって重視された武術を指す。槍の語は鎌倉時代末期から見え,武器としては南北朝から室町時代にかけてしだいに普及するが,当時は,一般に下級戦士(雑兵)の得物であった。戦国時代以降,急速に上級武士の間に用いられるようになり,槍の種類も多くなった。素槍(すやり)のほかに,片鎌槍,十文字槍など多くの種類をもつ鎌槍,鍵槍,管槍(くだやり)などが加わり,これが槍の四つの基本形式といえる。槍の普及とともに槍術も大いに進歩し,安土桃山時代ころから流派も続出した。江戸時代になると,槍は武士のもつ武具として,またたしなむべき武術として非常に重要な位置を占めるようになり,腰の二刀とともに武士階級を象徴するようになった。流派も数多く出現するが,素槍では,大内無辺の無辺流,竹内藤一郎の竹内流,中山源兵衛吉成の風伝流など,鎌槍では,奈良宝蔵院の僧胤栄の宝蔵院流(これは高田派,中村派,礒野派などに分派する),鍵槍では,内海六郎右衛門重次の内海流,佐分利猪之助重隆の佐分利流,管槍は,伊東紀伊守祐忠の伊東流,小笠原内記貞春の日本覚天流,津田権之丞信之の貫流などがおもな流派である。江戸時代初期にほぼ完成をみた槍術は,中期から後期にかけて技や理論もくふう研究され,とくに練習法の進歩はめざましく,双方が防具を着けて仕合稽古を行うようになった。幕末,実戦的武術として槍術は盛んに行われたが,明治以降,近代教育のなかで体育としての位置が得られず,現在,伝来の槍術は二,三の例を除いては存続していない。
→槍
執筆者:中林 信二
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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