大久保鼎(読み)おおくぼ かなえ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「大久保鼎」の解説

大久保鼎 おおくぼ-かなえ

1824-1864 幕末武士
文政7年生まれ。上野(こうずけ)(群馬県)館林(たてばやし)藩士江戸にでて昌平黌(しょうへいこう)にまなび,藤田東湖,吉田松陰らとまじわる。文久3年の四国艦隊下関砲撃事件を機に保守派の家老岡谷瑳磨介(おかのや-さまのすけ)を追及する断髪党を組織。公武斡旋(あっせん)のため無断で京都へいく途中箱根で捕らえられ,元治(げんじ)元年4月16日切腹。41歳。名は一貫通称は別に新助。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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