大久寺(読み)たいきゆうじ

日本歴史地名大系 「大久寺」の解説

大久寺
たいきゆうじ

[現在地名]小田原市城山四丁目

旧城下町の最西端、東海道本線沿いに位置する。日蓮宗、宝聚山随心院と号し、本尊三宝四菩薩。由緒書(県史四)によれば、初代藩主大久保忠世が小田原城入部の翌天正一九年(一五九一)開基となり、三河より同行させた僧日英を開山として創建。二代藩主忠隣改易後衰退し、寛永一〇年(一六三三)五代目日霊のとき大久保氏の縁者石川忠総により江戸に移転。風祭かざまつり妙覚みようかく寺日春が買取り了源りようげん寺と改めたが、大久保康任により再興が企てられ、翌年大久寺と再び改め、日春は妙覚寺を捨てて当寺六代目中興開山日歓となったという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む