大力開発村(読み)だいりきかいほつむら

日本歴史地名大系 「大力開発村」の解説

大力開発村
だいりきかいほつむら

京都祇園社堀江庄内の村。比定地については現富山市水橋みずはし地区と現上新川かみにいかわ舟橋ふなはし村地内の両説があるが、ともに確証はない。康治元年(一一四二)一〇月日の宮道季式寄進状(祇園社記)堀江ほりえ村などとともに「大力村」とみえ、松室法橋に寄進されている。元久二年(一二〇五)九月一六日、堀江庄は堀江保として祇園社社僧晴円の門弟に相伝領掌されることとなったが(「太政官符」八坂神社文書)、晴円は当地を堀江庄から割いて娘如教へ譲渡した(貞治三年九月「堀江庄大力開発相伝系図」同文書)。正嘉元年(一二五七)如教と祇園社の社僧継円との間に当村の支配をめぐって相論が起きたが、本寺近江延暦寺の裁定により如教の領掌が認められ、継円の押妨停止が命じられた(同年八月四日「天台座主尊覚法親王令旨」祇園社記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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