大塚惟正(読み)おおつか これまさ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「大塚惟正」の解説

大塚惟正 おおつか-これまさ

?-1348 南北朝時代の武将
楠木(くすのき)氏の一族で,和泉(いずみ)(大阪府)守護代建武(けんむ)3=延元元年湊川(みなとがわ)の戦いに敗れたあとも河内(大阪府),和泉で足利軍とたたかう。楠木正行(まさつら)にしたがって高師直(こうの-もろなお)・師泰(もろやす)軍と四条畷(しじょうなわて)でたたかい貞和(じょうわ)4=正平(しょうへい)3年1月5日敗死した。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む