大安寺跡(読み)だいあんじあと

日本歴史地名大系 「大安寺跡」の解説

大安寺跡
だいあんじあと

[現在地名]一関機織

JR東北本線東側の小高い丘、機織はたおり山東麓にあった。現在は畑地となっている。太白山と号し、臨済宗妙心寺派。本尊聖観音。慶長一二年(一六〇七)一関の領主留守宗利が父政景の遺命によって創建した寺で、はじめは機織山と号していたらしい。元和元年(一六一五)、宗利の金ヶ崎かねがさき(現胆沢郡金ヶ崎町)所替に従って金ヶ崎に移り、さらに寛永六年(一六二九)胆沢いさわ塩竈しおがま(現水沢市)に移転した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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