大島義矩(読み)おおしま よしのり

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「大島義矩」の解説

大島義矩 おおしま-よしのり

1806-1884 江戸後期-明治時代の国学者,歌人。
文化3年生まれ。上野(こうずけ)(群馬県)新田郡大島村の名主国学生田万(よろず)に,和歌橘冬照にまなぶ。明治元年公家の高松保実に命じられ,上野国和歌説諭取締兼幹事となった。7年新田神社の創建により社掌となる。明治17年3月死去。79歳。幼名は幸吉。通称は伴作。著作に「新田百首詠和歌」「上洛紀行」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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