大御堂村(読み)おおみどうむら

日本歴史地名大系 「大御堂村」の解説

大御堂村
おおみどうむら

[現在地名]上里町大御堂

立野(たての)村の西に位置し、北は横(よこ)町・藤木戸(ふじきど)村、南は原(はら)新田村(現神川町)。「風土記稿」は村名由来について、「吉祥院ノ境内ニ立ル阿弥陀堂古ヘ大伽藍ナリシ頃大御堂ト呼シヨリ村名ニモオハセシト云」と記す。田園簿では田方一一七石余・畑方二七六石余、旗本新見領、ほかに吉祥(きちじよう)院領三〇石がある。国立史料館本元禄郷帳では旗本美濃部・伏見の二家の相給(幕末に至ったとみられる)、ほかに吉祥院領・宝蔵(ほうぞう)寺領がある。嘉永五年(一八五二)には二一軒、安政元年(一八五四)には七軒が火事で焼失(中久木家文書)。同五年賭博についての村議定が定められた(同文書)。鎮守は三島(みしま)神社。真言宗智山派宝蔵寺は、かつて当山派修験を兼帯して近郷三〇余ヵ寺を支配したとされ、永禄三年(一五六〇)一〇月九日の松平蔵人佐元康(徳川家康)の制札を所持したというが、これは三河方面の寺に宛てたもので当寺との関係は不明(風土記稿)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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