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大橋重政 おおはし しげまさ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

大橋重政 おおはし-しげまさ

1618-1672 江戸時代前期の武士,書家。
元和(げんな)4年生まれ。寛永11年家督をつぎ,幕府の右筆(ゆうひつ)吟味役となる。書を父重保(しげやす),青蓮院(しょうれんいん)の尊純法親王にまなび,大橋流としてひろめた。将軍徳川家光・家綱の手本もかいた。寛文12年閏(うるう)6月30日死去。55歳。通称は小三郎,長左衛門。手本に「菅丞相往来」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

大橋重政

没年:寛文12.閏6.30(1672.8.22)
生年:元和4(1618)
江戸前期の書家。名は小三郎,通称は長左衛門。書法を父重保(竜慶),さらに青蓮院尊純法親王に学び,大橋流として一派を成した。その手本も数多く刊行され,なかでも『菅丞相往来』はその代表とされる。

(永由徳夫)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の大橋重政の言及

【大橋竜慶】より

…江戸初期の能書家。通称長左衛門,諱(いみな)は重保。初め豊臣秀頼の右筆。1617年(元和3)能筆のゆえをもって徳川秀忠に召され幕府右筆となり,采地500石を賜る。33年(寛永10)病により勤めを辞すが,なお家光の側近く仕え,仰せにより剃髪し竜慶と号す。翌年法印に叙され式部卿と称す。その書風は長子の長左衛門重政に引き継がれ大橋流として大成され,広く近世を通じて用いられた。【橋本 政宣】…

※「大橋重政」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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