大河内輝充(読み)おおこうち てるみち

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「大河内輝充」の解説

大河内輝充 おおこうち-てるみち

1822-1862 江戸時代後期の大名
文政5年4月11日生まれ。美濃(みの)(岐阜県)高富藩主本庄道昌(みちまさ)の5男。大河内輝徳(てるあきら)の養子となり,天保(てんぽう)11年上野(こうずけ)(群馬県)高崎藩主大河内(松平)家8代。弘化(こうか)3年隠居。文久2年閏(うるう)8月2日死去。41歳。初名は道教通称は英五郎,健吉。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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