1655~60年のポーランド‐スウェーデン戦争のポーランド側の通称。ウクライナ・カザークの反乱やロシア軍の侵攻に悩まされていたポーランドをスウェーデンが急襲し,ほぼ全土に新教国(スウェーデン,プロイセン,トランシルヴァニア)の軍があふれた。この災禍は信仰の自由を認めるポーランドへの神罰と認識された。オリヴァの和約(1660年)でポーランドの領土は旧状に復したが,その没落と反宗教改革の勝利を決定的にし,スウェーデンはバルト帝国を確立した。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
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