日本歴史地名大系 「大浦庄」の解説
大浦庄
おおうらのしよう
琵琶湖岸の大浦と大浦川流域などを庄域とし、
を「五所・八幡両宮」の神事用として名主が管轄、代官用の炭は三里離れた場所で焼いていたことなどが知られる。
「三代実録」元慶五年(八八一)三月一一日条に、清和院の要請で「大浦庄墾田廿八町五段百八十九歩」が延暦寺
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
琵琶湖岸の大浦と大浦川流域などを庄域とし、
を「五所・八幡両宮」の神事用として名主が管轄、代官用の炭は三里離れた場所で焼いていたことなどが知られる。
「三代実録」元慶五年(八八一)三月一一日条に、清和院の要請で「大浦庄墾田廿八町五段百八十九歩」が延暦寺
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