大海川尻村(読み)おおみかわしりむら

日本歴史地名大系 「大海川尻村」の解説

大海川尻村
おおみかわしりむら

[現在地名]押水町大海川尻

北川尻きたかわしり村の南、大海川北岸の砂丘地にあり、大正初期までは大海川と前田まえだ川がこの付近で合流し、日本海へ注いでいた。川尻村ともいい、「羽咋郡誌」には「口碑に往古是地に北川・大海川の二流あり、南に中沢潟、北に千切ケ池あり、其中間に川尻村あり」と記し不安定な地形であったことが知れる。「能登名跡志」には「昔は此浜辺に有て駅なりしに、水難に退転して、川尻村は今山の手にありて小村也」とみえ、水難により集落が移転したとあるが、「能登志徴」は砂丘の移動が原因としている。天正一二年(一五八四)九月の末森すえもり城攻防戦のとき、神保氏張は「川尻と高松の間の砂山松林に陣」したとされ(三州志)、氏張の布陣もこうした複雑な地形を利用したものと考えられるが、陣所跡は現在不明。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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