大炊道場跡(読み)おおいどうじようあと

日本歴史地名大系 「大炊道場跡」の解説

大炊道場跡
おおいどうじようあと

寺号を聞名(もんみよう)寺と称し、時宗遊行派の道場であった。貞享二年(一六八五)刊の「京羽二重」はその場所を「京極ゑひす川」と記す。「山城名勝志」は京極(きようごく)東春日(かすが)南とするが、貞享三年の京大絵図は現京都市中京区行願寺門前(ぎようがんじもんぜん)町辺りに描く。大炊道場は、もと大炊御門大路北、室町(むろまち)西(現中京区)にあって、今に道場町の町名を残す。この地は光孝天皇の小松(こまつ)殿跡と伝え、道場内に光孝天皇の位牌石塔などがあった(臥雲日件録・京童跡追)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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