大興寺跡(読み)だいこうじあと

日本歴史地名大系 「大興寺跡」の解説

大興寺跡
だいこうじあと

[現在地名]鹿児島市稲荷町

大乗(だいじよう)院の東隣に位置した真言宗寺院。千台山と号し、京都大覚寺末。本尊は阿弥陀三尊であった。当寺と坊津一乗(ぼうのついちじよう)院(龍巌寺、現坊津町)・伊集(いじゆう)院荘厳(しようごん)寺(現伊集院町)は鹿児島藩真言宗の三本山とされた。開山は一乗院六世頼政とされる(三国名勝図会)。永正七年(一五一〇)一〇月二九日の龍巌寺・荘厳寺・大興寺門徒契約状(旧記雑録)によれば、島津忠治が興国(こうこく)寺(曹洞宗)跡に大覚寺義昭(尊宥)の菩提寺として建立した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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