島津忠治(読み)しまづ ただはる

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「島津忠治」の解説

島津忠治 しまづ-ただはる

1489-1515 戦国時代の武将
長享3年1月生まれ。島津忠昌長男。島津氏12代。永正(えいしょう)5年父の自殺後,薩摩(さつま)・大隅(おおすみ)・日向(ひゅうが)の守護職をつぐが,一族の武将や国人の反乱があいつぐ。鹿児島に大興寺を建立し,足利義昭(ぎしょう)の菩提(ぼだい)寺とした。大隅吉田城を攻略中の永正12年8月25日死去。27歳。通称は又三郎

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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