大蔵弥右衛門(読み)オオクラ ヤエモン

新撰 芸能人物事典 明治~平成 「大蔵弥右衛門」の解説

大蔵 弥右衛門
オオクラ ヤエモン


職業
狂言師(大蔵流)

肩書
大蔵流狂言方24代目宗家,大蔵会主宰

本名
大蔵 吉二(オオクラ キチジ)

別名
前名=茂山 吉次郎,大蔵 吉次郎,大蔵 弥太郎(24代目)(オオクラ ヤタロウ)

生年月日
明治45年 1月19日

出生地
京都府

出身地
奈良県 奈良市

経歴
人間国宝だった善竹弥五郎の二男で、6歳の時に「靭猿」の子猿役で初舞台を踏む。昭和16年大蔵家へ入籍、17年大蔵流24代宗家を継ぎ、大蔵弥太郎襲名。21年東京へ転居。40年より日本能楽会会員。58年狂言風流「大黒風流」を上演。平成元年から弥右衛門を名乗る。大蔵会を主宰。

所属団体
日本能楽会,能楽協会

受賞
芸術祭賞優秀賞〔昭和47年・54年〕,芸術祭賞大賞〔昭和56年〕「素袍落

没年月日
平成16年 1月6日 (2004年)

家族
父=善竹 弥五郎,兄=善竹 忠一郎(初代),弟=善竹 玄三郎,善竹 幸四郎,善竹 圭五郎,長男=大蔵 弥太郎(25代目),二男=大蔵 吉次郎(2代目)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

20世紀日本人名事典 「大蔵弥右衛門」の解説

大蔵 弥右衛門
オオクラ ヤエモン

昭和・平成期の狂言師(大蔵流) 大蔵流狂言方24代目宗家;大蔵会主宰。



生年
明治45(1912)年1月19日

没年
平成16(2004)年1月6日

出生地
京都府

出身地
奈良県奈良市

本名
大蔵 吉二(オオクラ キチジ)

別名
前名=茂山 吉次郎,大蔵 吉次郎,大蔵 弥太郎(24代目)(オオクラ ヤタロウ)

主な受賞名〔年〕
芸術祭賞優秀賞〔昭和47年・54年〕,芸術祭賞大賞〔昭和56年〕「素袍落」

経歴
人間国宝だった善竹弥五郎の二男で、6歳の時に「靭猿」の子猿役で初舞台を踏む。昭和16年大蔵家へ入籍、17年大蔵流24代宗家を継ぎ、大蔵弥太郎を襲名。21年東京へ転居。40年より日本能楽会会員。58年狂言風流「大黒風流」を上演。平成元年から弥右衛門を名乗る。大蔵会を主宰。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「大蔵弥右衛門」の解説

大蔵弥右衛門 おおくら-やえもん

大蔵虎明(おおくら-とらあきら)

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の大蔵弥右衛門の言及

【大蔵流】より

…もと金春(こんぱる)座付で,江戸時代は幕府などに召し抱えられたが,現在は東京・京阪神を中心に活動している。南北朝時代の天台宗の学僧玄恵法印を流祖とし,その芸系が金春禅竹の末子,金春四郎次郎,その養子の宇治弥太郎らを経て,10世大蔵弥右衛門まで伝えられてきたと伝承するが確かでない。大蔵姓は金春座の庶流大蔵大夫家の分家格となったことによるもので,宇治猿楽より出て大和猿楽金春座の狂言方となって流儀が確立したと考えられる。…

※「大蔵弥右衛門」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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