日本歴史地名大系 「大豆津別符」の解説
大豆津別符
おおまめつべふ
鎌倉期よりみえる別符。比定地は明らかでないが、大河氏との関連から現瑞穂町域とも考えられる。正応四年(一二九一)正月一八日の関東下知状案(大川文書)に豊前宇佐宮領として大豆津別符がみえ、別符の雑掌と横大路種経が下司職をめぐって争ったが、幕府は種経の知行を停止することとしている。当別符は、「宇佐大鏡」にみえる「豆津別符」にかかわると考えられ、応和三年(九六三)二月一二日の肥前国国符(宇佐大鏡)に
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報